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   世界平和太鼓の発案者石岡博実は平成6年1月、山梨県大月市から多くの若者と共に阪神大震災で崩壊した家々の屋根にビニールシート掛けるボランティアを1ヶ月間行った。ボランティアを続ける中で人間的に大きく成長した若者たちを中心に「大月紅富士太鼓」を結成。練習に励むうちにメンバーの中に調和と規律が生まれ、地域のイベントなどに参加するうちに一人ひとりの地域貢献への意気込みは増していった。
 このような太鼓を通した「打てば響く人づくり」の思いと感動を形として残し、さらなる人間教育を続けてゆきたいとの考えから大月の地で日本を代表する世界平和のシンボルになりうる大太鼓を作り、日本文化、和太鼓の素晴らしさを世界へ紹介しようと1999年に決意。2000年7月 大月市民ら有志による制作実行委員会が発足。こうして本格的に大太鼓作りは始まったのである。

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